(2015年1月14日、横浜STスポット)
校舎は偉い。マジで校舎は偉い。
ロロの「校舎、ナイトクルージング」がひたすらにおもしろいのは校舎のおかげだ。絶対、たぶん。そうかも。
校舎にいる彼らは割り切っているようで割り切れない関係の中にいる。
斜め前の席に座っているよくわからない奴が、10年後に自分と本当になんの関係もないやつになっているということを知らない。
デリカシーのない彼氏がそのうち思い出のフォルダに片付けられて、容量が足りなくなれば自動で消えていく存在だということをしらない。
人間関係なんて流れる水のように流動的だぞってことを知らない。
だけどもしかしたらそうかもしれないことを知っている。
そうかもしれないことを知っている彼らのすべてを知っているのは校舎だ。だから校舎は偉い。
ところで、おれはなんで高校演劇をやらなかったんだろう。
「校舎、ナイトクルージング」は「いつだって誰もが誰か愛し愛されて第三高等学校(いつ高)シリーズ」という連作の2作目。
なんて魔法的!なタイトル。
(ちなみに小沢さんは勝手にやればいいと思う。
下手に欠落を、埋めようとしないでいいのだ。どうせ埋まらないから!)
この連作はロロの三浦直之が高校演劇の審査員をやるなかで感銘を受けて思いついた作品群。
高校演劇と同じルールに基づいて上演される。
準備は10分以内。上演は60分以内。時間を一秒でも超えれば審査対象外。
この独特の厳しさを備えたルール自体が演劇の一部になっていて、
演劇の時間の独特さってあるんだな、と実感。
それって多分当たり前だけど。
おれの人生の独特さによっておれは高校演劇はやらずに、
演劇楽しいな〜って20代後半になって気づくことになって
なんとなくこんな文章を書いて、いつ寝ようかなと考えている。
時間ってほんと嫌いだよ。
でも、肝試しをする健全な高校生と夜にうろつく不審なやつらが織りなす
なんてことない会話が、
恋人と見る夢のように素敵なのは時間のおかげなんだな。
今回出演した3人の女優さんは全員最高だ。
だからこの上演も最高、それ以上の理由は考えるのもめんどくさいんですけど。
うん、ぼくはめんどくさがりなのでもうなにも考えません。
北村恵さんが出てくる瞬間は魔法だったなぁ。
フワフラミンゴ観たときも思ったけど、
あの人が作り出す笑いは魔法だし、
魔法使える人は本当に偉い。
滝沢綾乃さんと島田桃子さんの出る演劇は何本でも観たい。
観せてくれ!
校舎と高校演劇と女優が魔法の正体だと思うけど
そんなことは割とどうでもよくて、
語ることのむなしさを思い知らされているぞ。
だけど語るの楽しいぞ。
「校舎、ナイトクルージング」は
演劇ほど魔法的なものはないこと
を思い出させてくれた上演。
仮面をかぶって朗読しがちなおれに説教したい!
いつ高シリーズ第三弾はまだ未定のようですけど、
観て損はないです!